生活改善のアイデアについて
私は、今、ぷららのブローチでブログの記事を入力しています。このことについては、発信者のIPアドレスと時刻が記録されていますから、確かに私が自宅でブログを入力していたことが分かります。また、第三者のコメントやトラックバックも記録されます。しかし、これは本人にとって有利なアリバイともなりうるし、全然歯止めにならなくて、トラブルに巻き込まれる心配があるのも事実です。
というのは、自動投稿ソフトがあるとか遠隔操作ができるとか、海外の複数の無料サーバー経由で発信者が特定できないという技術的な問題というか抜け道があるので、本人のアリバイにならないとか、本人が確かに入力していたという証拠が無い・・・というようなことが、ググって見ると書いてあります。(これは、何ヶ月か以前の遠隔操作による冤罪の犯罪捜査の観点でものを言ってるんですが・・・)
じゃあ、先日書いたように、終活のためにいくらブログを投稿しても、本人確認ができないので、それはいわゆる犯罪捜査ということではないですが、フィクションというか虚偽の報告、架空の出来事を事実であるかのように装って、第三者がブログに投稿しても・・・まあ、成り済ましですが、それが既成事実化することもあるわけです。もっと言えば、複数の人間がMIXYなどで、虚偽の書き込みを示しあわせをして、とんでもない記事をでっち上げても読者はそうかなと思って、特定の個人を決め付けてしまうこともあります。本人がいくら、正確な終活をブログに書いても、それを否定するような書き込みが流布されれば、そちらの方が効力をもってしまうのです。これは、いわゆるブログの炎上です。
こういう事件を防ぐために、ブログというものは規約によってこのような個人を誹謗中傷するような記事は書かないとか、他人の個人情報は書かない・・・規則違反は退会処分、関係法令により損害賠償等の法的手段に訴える等々のことがお約束になっています。
私は、ずいぶん以前に公的なwebサイとを運営していたのですが、ネット上のトラックバックや掲示板で変な言いがかりがしつこく書かれた経験がありますが、やめて下さいと抗議しても、結局、やめてくれなくて埒があかないので、掲示板を取りはずさざるを得なくなったことがありました。これじゃあ、まともにwebサイトが運営できないわけですが、仕方がありませんでした。
従って、公的WEBサイトにお客様の声欄などを設ける場合は、こちらで記事を載せる・載せないを判断して不適当な意見は掲載できないように設定するべきだったと反省しています。また、個人的なブログの場合は、自分の個人情報とか、どこに行って何を食べたとか、株式に何万円投資したとか、自分の支持政党は「◎■×の会」だとか「■※の党」だとか書くのはやめたほうがいいと思うようになりました。また、自分の宗派は◎△教ですとか言うのもやめた方がいいと思いました。実際、そんなものは、たとえば政党支持なんて多党が乱立していてどこにいれたらいいんだか分からない状態だし、小選挙区と比例代表では、選択肢がないので、違う党に入れざるを得ませんから、もうむちゃくちゃな状態なのです。宗教だって、どの宗派だって、そんなこと大した問題じゃあないのです。実際、過去の身内の葬式でも、すでに宗派がいろいろ違っていたんですから、遺族のそのときの意向で、もうどうにでも変わるので確たるものがなかったのです。
現在は、自他共に価値観の多様化が激しくて、今回の総選挙に見られるように選挙直前まで浮動票が圧倒的に多いのです。従って、投票率が高い場合は、新聞・テレビの政党得票率の予想は多分あたらないどころか大きく予想の想定範囲を外れる可能性が無いとは限らないでしょう。ただし、当選者数は小選挙区制度ですから、比較的多い党が1票でも多く獲得しただけで当選しますから、投票率が低ければ新聞・テレビの当選予想通りになる可能性が高いでしょうが・・・。
ブログで、ひとつの固定観念でもって、絶対にブレずに、思想信条・宗教・生活態度・支持政党・趣味を整合性のあるように書こうと思っても、それは無理というものです。政治家が舌の根が乾かないうちに180度違う政策を平気で掲げ直しているのは日常茶飯事です。それは、政治家だけでなく、その政党を支持する有権者自身の生き方が、常にすでにぶれている証拠であり、ポピュリズムやその時々の社会状況によって、いやおうなしに支配されているのです。これは、自分だけはそうではないと偉そうに自慢しようとしても、まぬかれないのは周知の事実なのです。
一流のアーティストやタレント、野球選手、大企業のオーナーや偉人・変人じゃああるまいし、か弱い一般庶民は、常に既に世の中の雰囲気や流れに支配されているのです。意識は存在によって規定されてしまうのは事実です。今日の朝日新聞の朝刊では、原子力規制委員会が敦賀原発が活断層の上に立地していると発表しましたので、廃炉の可能性が大きいと報道されました。
この報道は、必然的に浮動票を反原発を支持する政党に振り向けるのは、ほぼ確実でしょう。ということは、原発推進の政党の票が減るということではなくて、相対的に得票率が下がることを意味します。でも、現実は、前述したように低い得票率であっても小選挙制ですから比較して1票でも多数を得た政党が当選するのですから、反原発を標榜する政党は、今回の政党乱立によって死票になる可能性の方が高いので、表面上は反原発の民意は選挙結果に反映されない可能性が高いでしょうが・・・・。
まあ、このブログは、政治的な論評が目的のブログではないので、ここらで措きます。、私がこのブログで、本当に書きたいのは、終活としての記録を書いていくのが本意です。でも、私は何も全然、偉人変人でもないわけで、普通の市井のしがない年金生活者のおじいさんです。したがって確たるものがあって書いているわけではないのです。
最後に、鴨長明の方丈記の冒頭の数節を引用して終わりにします。
行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、 かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。
こういう、仏教の無常観でもって、私のブログは続けていくことになるのかなと思っております。
私は、毎日、ブログ投稿を大事な知的財産と思ってこのブローチに投稿しております。なぜならば、ブログ投稿は、ほとんどこのぷららのブローチで使っておりますが、これは大変入力やアクセス状況が安定しているからです。また、アクセス回数に興味があって、時間ごとにどんどん確実にアップしているので、かなりからやり甲斐があるのです。毎日、最低でも200アクセスはヒットしているので、もうやみつきになって投稿しています。
一方、Landtoという無料サーバーにも、つい最近まで複数のサイトを立ち上げて投稿し、こちらはアクセスランキングも表示されるので励みになっていましたが、先月下旬以降アクセスができなくなってしまいました。現在では、このLandtoで6つのサイトを立ち上げているのですが、そのうち1サイトしか起動できず、従って5サイトは使い物にならなくなりました。とりあえず@pagesや「ぶっとびねっと」という無料サーバの方がまだ優秀なのでそこに3サイトは移転しています。
かといって、移転先のこれらの無料サーバーが万全というわけでもなくて、一時的にデータベースが使えなくなるとかいった故障は時々あります。でも、その時でも。最低、FFFTPでファイルが転送できたり、phpだけで動作するCMSもあったりしますから、実際はあまり支障がなくてLandtoよりマシなのです。一方、Landtoの場合は、いつまで経っても回復せず、データベースのみならずFFFTPまでも全く作動せず、ほとんど閉鎖状態です。
万一、これらの代替の無料サーバーもダウンした場合を想定して、第3極の(選挙みたいですが・・・)無料サーバーを借りていますが、実はこれもあまりあてになりませんので、結局有料サーバーを2箇所借りています。1つはEXTREMであと1つはSTARドメインサーバーです。2つとも安定してアクセスできますから、これらのサーバーにいろいろの種類のブログソフトやCMSを入れて楽しんでいます。
言うまでもなく、すでに述べたとおり、無料サーバーは一般的に不安定ですから、いっそのことすべて解約してもいいのです。しかし、まあそんな無用の長物でも何か役に立つこともあるだろうと思っていましたところ、テレビで最近流行している終活=死ぬための存在証明(アリバイ)の方法としてブログで自分の随想録を書くようなことを放送していましたので、「これだ!」と思ったわけであります。
でも、それならば非公開の日記で十分ではないか?とも思いましたが、人間は超弱い存在ですから、それでは全く無益な駄文を書くとか、特定の個人や団体に対する攻撃・誹謗中傷・名誉毀損・腹いせ・事実無根の嫌がらせなどを文書に残す可能性がないとは言い切れません。いくら奇麗ごとを言ったところで、気が付けば、これは、もう人間として生まれたからには避けようのない宿命であり罪です。そんな奈落の底に陥るのは目に見えています。そういう醜い非公開の日記はやめておくに越したことはないので、書かないほうがマシです。
そこで、どの道書くならば、自他共に有益なことをブログを書こうと思ったのです。アリバイはたくさんあったほうがいいので、それで無料サーバーを多く借りて運営しているのです。読者の皆さんの多くは、基本的には職場での業績だとか、何気ない家庭生活のささやかな喜びを生きがいにすることで自分の存在証明を行うことになると思います。しかし、私のように腰痛でやむを得ずに60歳でリタイヤした人間は、老後の第二の人生を楽しもうとして、電車に乗って近隣の都市へ行って、たとえば「趣味の◎○の会の大学講座」とか「大学の社会人聴講生」で外出・・・なんて結構で優雅な身分では決してないのです。それは、腰痛手術の予後が必ずしも良いわけではないために、そんなことができないのです。外出は、すべて家族同伴で自動車でしかありえません。一人で電車に乗って外出・・・なんて習慣は、もう2年間ぐらい皆無です。やむを得ず同窓会で他市まで外出する場合でも、行きかえりは妻の車で送り迎えか或いは、帰りは家の近所まで知人と一緒に帰ります。足元がふらつくからです。通勤時間帯に一人で電車に乗るとか混雑するデパ地下で買い物なんてことは、おそらく100%絶対にしないでしょう。危険ですから。
ちょっと以前は、晩、寝る前に腰痛の手術後の悪化を恐れた健康不安から、自分の命が明日はもう無いのではないかと恐れて恐怖感に苛まれていました。万一、腰椎の損傷があれば当然命にかかわりますから・・・・。そこで、そういう不安を忘れるために博打のようなものですが、今はもうやめましたが、少し前まで豪ドルを買っていました。でも金額がわずかですから、これでひと儲けできる訳はありませんでしたが、一喜一憂してつかの間の喜びを求めて、それでわずかでも小遣い稼ぎになればいいと思って換算レートを毎日ネットで見ていました。だって、腰痛で動けなくてやむなく退職して働きたくても働けないプー太郎の身分でしたから、そんな風な心理状態になっていたのです。また、一時期、細々とアルバイトでもしてがんばろうとも考えましたが、体調不良なので、そういうわけにもいかなかったのです。
現在は、「もう金儲けなど、健康第一だから、どうでもいいわ・・・年も年だし貧しくても年金生活者でいいわ・・・特技を生かして、「趣味の電脳」ブログ人間になろう!」という運命というか宿命だと考えるようになりました。
まあ、そういうように目出度く、正しく自己管理をすることに相成ったわけであります。{/揺れるハート/}{/チョキ/}{/誕生日/}{/クリスマス/}{/嬉しい/}
本日の朝日新聞に、平成23年度の厚生労働省の調査で低所得者層、特に20歳〜40歳の40%が生鮮食料品の野菜・肉・果物等が高いから買えないという結果が出たと書いてありました。私は、あながち、そういうわけでもないと思うのです。おかしな世論操作はしないでほしいと思います。世の中、超デフレなんですよ。かぼちゃなんて安いですし、白菜も大根も人参も鶏の胸肉もバナナやみかんも安いです。
ひょっとして、厚生労働省がアンケートをとるのに偏った質問の仕方をしているからじゃあないかなと思います。アメリカでは、生鮮食料品を扱う商店が近くにないケースが多いからとか、移動が困難な人=車が買えないとかいった事情で、そういった傾向があるとの調査結果があるそうです。日本の場合は、どこにでもスーパーがあるじゃないですか?安売りで出血大サービスとか午後7時過ぎに買いに行けば生鮮食料品は見切り品が半額で手に入るんじゃあないですか?本当の理由は、夫婦共働きで調理に時間がかけられないから半調理品で済ませているのではないでしょうか。
アンケートは、質問のしかたによってはどうにでも為政者に都合のよいように取れる可能性があります。TPPに賛成の立場で政府が施策を進めようとすれば、当然、国産の農作物や畜産物は外国産よりも値段が高いので買えませんとか買っていません・・・という実態を浮き彫りにしなければならないはずです。実態も証明できないのではTPPという重要な施策は進められないですから・・・。
でも、原因はそこにあるのではなくて、長時間低賃金労働の労働者が圧倒的に多いので、つまり、ゆっくり調理する時間が無いので生鮮食料品をあまり買わない・・・というような質問項目を意図して設ければ、アンケート結果はもっと全然違う結果になったんじゃあないでしょうか。
そりゃあ、果物といってもイチゴ・メロンは高価ですし、肉類でも牛肉は高いですし、野菜はたとえばマッタケとかトリュフとか地域の特産物としての野菜などは比較的高価で一般の野菜と比べて割高です。そういう地域限定の旬の食材を念頭に置いて質問すれば、当然、低所得者は「そういうのは高いので買いません。」という答えが返ってきます。
あるいは、高給取りの生活に慣れ親しんでいる厚生労働省のお役人さんが、そういう高級スーパーの店頭に並ぶ生鮮食料品を意図してか意図せずかは知るよしもありませんが、多分、健康志向の観点から品質に問題の無いある程度値段の高い生鮮食料品を念頭にアンケートを取れば・・・・当然、それに沿った回答が容易に得られるということではないでしょうか?
総選挙やクリスマスが近づいてきているので、今日はパソコン関係の記事ではなくて、標題のような宗教的・政治的なテーマについて論評します。ブログのテーマもメリークリスマスにしてガラッと雰囲気を変えました。
さて、私自身も現役のころは組合活動に没頭し、反核・平和運動に身を投じてきた経験があります。大方の組合員は主体的な生き方の問題ととらえて運動に参加してきたのですが、戦後何十年も時が経過するにしたがって広島・長崎の反戦運動は徐々に風化というか、時代の右傾化の風潮に押し流されてしまう面がでてきました。でも、最近では、3.11を境にした真の意味での反核・反原発運動という国民運動へと質的に変わり、いまだ被災地の復興もままならない現状を見るにつけ、より広範な国民的課題になってきているのは確かな事実です。しかし、この一大国民運動を、ややもすれば新聞・テレビによる世論操作でもって過小評価したり、唯一の被爆国であるにも拘らず選挙向けの単なるスローガンだとかいって平気で「政争の具」であるかのようにすり替えている傾向もあります。一般市民の声の大多数はいったい何なのでしょうか? かなりゆがんでしかテレビ・新聞では伝わってきません。インターネットでも、かなりゆがんでいますが、まだニコニコ動画などは、双方向通信であるだけ幾分マシです。総選挙ではどの政党に一票を投じるかは国民一人一人の自分なりの判断が必要です。
そりゃあ、大手新聞社・テレビ会社は日本一の立派な大企業でありますし、当然、大口のスポンサーである電力会社や関連企業の経営が成り立つように、あるいは支援・尊重した省エネやCO2削減のコマーシャルを流すのは当然の責務であり、それが電力事情を安定化して安全で豊かな国民生活を保障するための啓発になることになる・・・という大義名分があるわけでしょうし、いろいろ持ちつ持たれつの関係やお家の事情があるのです。しかし、読者諸賢にはそんなことをこのブログであえて書くのは「言わずもがな」で蛇足かも知れません。{/NG/}{/まいった/}{/悲しい/}{/がっかり/}でした!
でも、原発の安全性確保については、そういった企業サイドでなくて電力消費者の立場である国民一人ひとりの生存権にかかわる背に腹が代えられないシビアな問題であるだけに、国民はそのあたりを十二分に見抜かなければなりません。
しかし、よくよく考えてみると、こういった脱原発の考え方は、国全体の将来の安全・平和・命を考えるという重大な面がある反面、自分の人生は子どものためにある・・・というような個人主義的な発想、あるいは老後を何とか無事に長生きしたいというマイホーム主義の考え方が強く働いています。ですから、子ども手当てとか年金政策、消費税導入反対、TPP反対あるいは賛成・・・等々の目先の政策が最優先される発想と結びつくのです。そういった庶民の願いや生き方は、3年前の総選挙で公約に上げられていたものばかりですが、殆ど成就することはありませんでした。また、阻害する要素のほうが多かったのです。
円高不況、事業仕分け失敗、財政赤字増大、学校では校内暴力、いじめ・不登校、非行等々・・・今の日本には、家庭的な平和を築く上で多くの困難が依然として待ち構えています。子育てがうまくいってこそ、夫婦円満で家内安全なのですが・・・。
個人主義やマイホーム主義をささえるものは、つきつめて言えば、
?国の主権・防衛力・外交力をもっとつけて、日本という国の国力を増して国際的な地位を高めること。
?社会的な格差を是正し、行財政改革をして財源を生み出し、雇用を確保すること。
?私たちにできることは、住みなれた地域社会の教育環境を守ること。
以上の3つだと思います。だからといっても、
?隣国との国際紛争を起こさないためには、平和的外交力が求められます。そういうことができる人材を日本は育てなければならないはずなのに、紛争に結びつく極端な排外主義・民族主義を唱える必要性はありません。
?教育環境を整えるといっても、バラマキやバウチャー制度で子どもにいくらお金をつぎこんで何十年も育てても、所詮は嫁入りすれば他人のものになってどこか遠くに行ってしまい地域に還元できません。
?孫は息子や娘のものであって、決しておじいちゃんやおばあちゃんのために生きているのではないのであり、将来将来といって盛んに2030年代に何かが実現するとか公約しても、2039年12月31日は27年後のことであり、約束した政治家の殆どは既に他界しているし、自分も他界している可能性が高いのでこれは全く意味の無い言葉あそびのまやかしと考えたほうがいいでしょう。
?財源を生み出すために後期高齢者医療制度を見直しても、高齢人口が莫大であることから、それがプラスマイナスでどれだけ良い結果を招くのかそれとも悪い結果を招くのかが誰も予測できません。
?格差是正といっても、際限も無く公務員たたきをしたり相続税を極端に上げたりしても、資産が外国人名義で外貨に買い変えられて、優秀な人材も一緒に国外に流出するだけであり、いよいよ国難が現実的になってきます。
結論は、?????のような、訳の分からない荒唐無稽なものに自分の全財産や命を懸けたり、そういったことを公約に掲げる政党を支持して一票を投じても、殆ど実現するわけのものではなく、たとえ実現しても失うことのほうが果てしなく大きいと思います。そうではなくて、私は、やはり地元の学校やPTA活動、地域社会に永遠の命を吹き込むというか・・・非常に宗教的・哲学的ですが何十年、何百年、何千年も歴史と伝統を重ねることができる人間の知恵や文化的な遺産を残したいと思うのです。そのことが、結局、地域の教育力となって子どもたちの未来に生きる力になるのであるし、親・祖父・祖母の世代の生きがいにもなるのです。
私は、無料サーバーをたくさん借りていますが、有料サーバー並みに超高速といってもいいような快適なアクセスを誇るものがあれば、一方で非常にアクセスが遅くて閉鎖されたのでは?というようなのもあります。言わば、ピンからキリまであるような玉石混交の様相を呈しています。でも、無料なんだからあまりそういう結果は想定していなくて、「タダほど品質の悪いものは無い」というように思いこんでいましたものですから、意外な結果でした。たぶん、宣伝が目立つものは、よくクリックして見てもらえるので宣伝効果があり収益も上がるので、その結果メンテナンスも比較的良好なため、アクセス速度が速い・・・という因果関係があるのかな?と最近は考えるようになりました。
以前は最上段に宣伝があったのですが、最近は宣伝が最下段に変わった@pagesですが、今度は幅広の大きなポップアップ表示に変わって、スクロールしようがしまいが宣伝を消すまでは必ず画面の下部に表示されるように設定されています。だから、×印をクリックして宣伝を消そうとするときにどうしても宣伝に目が行くので宣伝効果があるものと考えられます。
以下のサイトは、私の開設している@pagesのサイトです。
参考・・・http://www30.atpages.jp/ppxf01717/ner/wordpress02/
http://www30.atpages.jp/ppxf01717/first_website/pc/
また、ブログの中央に大きな宣伝のつくようになった忍者ブログです。
選考・・・http://jyunichifro.blog.shinobi.jp/

それと、もうひとついえることは、自分が楽天などでアクセスした商品が宣伝に出てくるので、また買おうという気になるので宣伝効果があるのだな・・・と考えられます。一例として・・・
右下に大きな宣伝のつくSitemixです。この宣伝は、以前に自分がアンテナ線や分波器を購入したときに楽天のカタログをアクセスしたのが記録されていて、それが宣伝に登場していますから、別に場違いでもなく、嫌な宣伝に感じないのです。このサイトは、以前は非常にアクセスが遅くて、繋がりにくかったのですが、最近はマシになって何とか繋がるようになりました。
参考・・・http://pxf01717.sitemix.jp/
下記は、Sound.JPです。このサーバーは非常に速いです。宣伝が大上段に貼りついてやはり、以前に私が購入した分波器の宣伝が載っています。
このように、いまやブログの宣伝と自分の記事は連動しているように感じるのは私だけではないでしょう。ですから、快適に入力できるし、宣伝が自分の今書いているブログの内容とも関連しているので、あまり違和感がなく入力できるのです。